9. 金しだい

彼は大金を持っていた。
どのようにして大金を得たかは割愛し、想像に任せることとして、それで、今、彼がどうしているのかを述べることとする。
彼は、病に伏せっていた。
彼には家族もなく、人付き合いもないため、独り、自宅で病の床に伏せっているのだ。
彼は医者ではないので、何の病気なのか分からない。
とにかく、病気なのだ。
体が思うように動かないため、医者にも行けず、そのまま床に伏せっている。
やっとの思いで、大事な金だけは、手元に持ってくることができた。
大金を袋に詰め、抱きかかえたまま、床に伏せっているのだ。
意識が朦朧としてきて、いつの間にか、眠るように、彼は静かになった。

気がつくと、彼は川の縁にいた。
船が留っている。
船頭だろうか、陰気な雰囲気の男(のような生き物)が、彼に気付くと、片手を差し出した。
彼は無意識に、小銭を彼の手に渡した。
彼は、その船で対岸に渡った。
岸辺で後ろを振り向くと、今乗ってきた船の姿はなく、川すらも靄の中に消えていた。
彼は仕方なく、目の前の建物に入っていった。
入るとすぐに、大きな椅子に腰かけている大きな人物が目に入った。
彼は、その大男の前に跪いた。
その大男は、恐ろしい形相をしており、とても直視できないほどの姿だった。
彼は、その恐ろしさのあまり震えていると、横から、小僧のようなものが駆け寄り、彼が抱えていた袋をむしりとった。
突然のことに、彼は抵抗する間もなかった。
小僧のようなものは、彼からむしりとった袋を、目の前の大男に差し出した。
大男は、袋の中身を確かめると、うっすらと満足げな笑みを浮かべた。
次の瞬間、大男は、天地をも揺るがすような大声で何かを言った。
何と言ったかはわからない。
あまりの大声に、彼は気を失った。

どのくらいの時間が経ったのか。
彼は、相変わらずの床で目を覚ました。
病気は治ってきたような気がした。
彼がしっかりと抱えていた袋は、跡形もなく消え、部屋の中のどこにも、彼の大金は見当たらなかった。


広告




広告

広告


投稿者: ひとき

ひときの短編集作者