10. 恋愛の距離

恋愛の距離を測るアプリが公開された。
スマートフォンのアプリケーションソフトだ。
と言っても、スマホの位置などから、仮想的に「恋愛の距離」を算出するような、いわゆるお楽しみアプリではない。
実際の人間の恋愛の距離を測定するものだ。
原理はこうだ。
スマホにはいろいろなセンサーが組み込まれているが、電波のセンサーを用いて、微弱な脳波を検知し、その特性から、恋愛感情の強弱と共振の程度から、恋愛の距離を算出する。
人は、恋愛感情を抱くと、独特の脳波を示す。
その脳波は、通常は、頭に電極をつけて測定されるもので、微弱な電流だ。
電流の変化に伴って、微弱ではあるが、波長、周波数はある一定の範囲で、極めて特徴的な電磁波を発するので、スマホのセンサーで、その特徴を捉えれば、脳波を検出することができる。
もちろん、センサーからの距離によっては、全く検知できないものとなってしまうことは、当然のことではある。
このアプリでは、スマホが受信した電波の中から、ノイズとも言えるような微小な振動の変動部分を取り出し、そこに脳波の振動特性をマッチさせる、特殊な信号処理技術によって、大方のスマホでも、1m以内であれば、脳波を検知できるようにした。
検知した脳波は、まず、恋愛感情を示すものかどうか判断される。
人の恋愛感情により発せられる脳波の波形のパターンとの照合が行われ、それに合致すれば、恋愛感情と判断される。
ここで検知される脳波は、自分の脳波と、恋愛距離を測りたい相手の脳波だ。
自分の脳波は、始めに、スマホのカメラで自撮りをすると、その方向の脳波の特徴を自分の脳波として記録する。
相手については、画面に従って、相手の方向と距離(1m以内)を特定して、その範囲の脳波の特徴を相手の脳波として記録する。
そうして特定した脳波から、恋愛感情かどうかを判断した後、波長、振動数、波形などから、その合致性を測定するとともに、共振点があるかどうかを判断する。
合致性の度合いと共振点の位置、そして共振の強度などから、互いの恋愛感情の共通度合いを恋愛の距離として表示する。
共通度合いが強ければ強いほど、恋愛の距離は短くなる。
相手の脳波から恋愛感情の脳波が検出されないときは、恋愛の距離は極めて遠くなる。

アプリは無償版と有償版の2種類があった。
無償版は、恋愛距離を「超近い」、「近い」、「遠い」、「超遠い」、「超々遠い」の5段階で表示し、距離も10cm以内の超近接範囲に限定されている。
有償版は、恋愛距離の値が数値とビジュアルで表示され、距離も1mまで測定できるようになっている。
まずは無償版で試してから、実際の距離を測るために有償版をダウンロードするという順番となる。

小学生(女子)の場合:
-女子「ねぇねぇ、恋愛の距離だって。」
-男子「なんだぁ、それ?」
-女子「図ってみるぅ。」
—-「あれ?・・・」
—-「『超々遠い』だって。」
—-「つまんなぁい。 消しちゃぉっ。」
小学生には、まだ恋愛というものがわかっていない。

中学生(女子)の場合:
-女子「これ、恋愛の距離がわかるの。」
-男子「そう?」
-女子「うん。 って。 『超々遠い』だょ。」
—-「なんだかなぁ・・・。 消そうっと。」
好きな相手のことは、遠くからながめているものだ。

高校生(女子)の場合:
-女子「恋愛の距離って、おもしろくない?」
-女子「おもしろそー。 やって、やって。」
-男子「なんだそれ。 やってみろよ。」
-女子「『超々遠い』だぁぁぁぁ。 むかつくぅぅぅ。 消しちゃぇっ。」
気軽に話せる相手に、恋愛感情を抱くことはまれだ。

カップルの場合:
-女子「これさぁ、恋愛の距離がわかるって。」
-男子「やってみろよぉ。」
-女子「楽しみぃ。」
—-「あれ? 何これ。 おかしくない?」
-男子「『超々遠い』ぃ?」
-女子・男子「もうっ、消すっ。」
カップルになってしまうと、もはや相手にときめきを感じたりはしない。

男子の場合:
-男子「あの、これ、恋愛の距離が・・・ って。 行っちゃった。」
—-「使えねぇ。 消そっ。」
無償版は、10cm以内でないと測定できない。

有償版がダウンロードされることはなかった。

(上記のアプリは架空のものであり、また、上記は実際のなんらかのアプリを批評したりするものではありません。)



投稿者: ひとき

ひときの短編集作者