2. さかな顔

「水泳の選手って、さかなの顔だね。」
競泳をテレビで見ていた妻が言った。
「○○選手は、サバ。」
「△△選手は、サンマ。」
「みんな尖がった、三角の顔で、目が横にある。」
「速く泳ぐために、進化したんだね。」
「そう言えば、以前、天才少女って言われた女子競泳選手は、ヒラメ顔だった。」

妻は、この1年ほど、地元のスポーツクラブで水泳を習っている。
彼女の顔は次第に尖ってきた。
左右の目の間隔も離れてきた。
顔の肌も硬く、薄く細かい丸い皮膚が重なっているような肌になってきた。

水泳を始めて3年が経った。
妻の顔は、口元と顎が前に尖がり、目は真横に、肌は銀色の鱗に覆われ、完全に、鰺の頭になった。

%e3%81%82%e3%81%98%e3%81%ae%e9%96%8b%e3%81%8d アジの開き














1. チャンスと呼ばれた男

彼は、生まれつき、前髪しかない、特殊な禿頭症だった。
物心がついて、一人で外出するようになると、度々、すれ違いざまに、その少ない前髪をつかまれることがあった。

大学を出て、社会人になると、いろいろな雑学を知るようになる。
会社勤めを始めて数ヶ月経った頃、偶然ではあるが、チャンスの神様のことを知った。
チャンスの神様は、前髪しかなく、猛スピードで追い越していくので、その瞬間を捉えて、前髪をつかまないと、チャンスの神様は逃げていくものだ。
彼は、この人生で度々前髪をつかまれることがなぜなのか、初めて知った。
その頃と前後して、社内で、彼が「チャンス」と呼ばれていることを知った。
入社以来、社内でも、度々前髪をつかまれることがあった。
つかんだ相手は、にこっと笑みを浮かべ、通り過ぎていく。
振り返ってみれば、彼の前髪をつかんだ社員は、トラブルを解決したり、プロジェクトを成功させたり、或いは、出世した者もいた。

彼は、もともとおっとりした性格も幸いして、社内ではイジメやパワハラにあうこともなく、そこそこ重宝されていたが、とりわけ昇進するということもなく、よく言う平社員で何年かが経った。
相変わらず、社内でも、街中でも、前髪をつかまれることがある。
さすがに、もう何年もの間、前髪をつかまれ続けてくると、次第に面倒くさくなってきた。
ある日、彼は、外出のときは、帽子を被るようになった。
会社でも、工場勤務への異動を申し出て、作業帽を被って仕事をするようになった。
前の職場は事務職だったが、そこの社員は、言葉には出さないものの、とても残念そうだった。

ある休日、彼は、宝くじ売り場の前を通った。
何となく、宝くじを数枚買うことにした。
宝くじを受け取るときに、帽子の縁に少しはみ出た前髪に小さな虫がとまった。
彼は、片手で、前髪ごと、その虫をつかんだ。

しばらくして、彼は会社を辞め、安アパートを引き払って、東京のマンションに引っ越した。
そして、人もうらやむような美女と結婚し、高級車を乗り回し、高級クラブで毎夜飲み明かし、豪遊の限りを尽くした。
チャンスはいつでも手に入れることができた。

人の欲にはキリがない。
彼にとって、これまでにない最大のチャンスが訪れた。
「絶対にものにしてやる。」
彼の欲の強さは頂点に達した。
彼は、力任せに、渾身の力をこめて、自分の前髪をつかんだ。
力のあまり、つかむと同時に、そのまま前髪を根こそぎ引き抜いてしまった。

数か月後、都内の某公園に、一人のホームレスの姿があった。
頭は禿げ上がり、額には、髪を引き抜かれたかのようなアザがあった。