18. 白い服の女

湖に2本の川がそそぎこんでいる。
河口近くには、幹線道路が走る橋がかかっており、それぞれ、A橋、B橋と名前がつけられている。
夏の夜、タクシーがA橋の手前にくると、白い服の女性が片手を上げて、「乗せて下さい」と言って、タクシーを止める。
乗ってもすぐに行先は言わない。
しばらく走り、B橋を過ぎた辺りで、運転手が、「どちらまで行きますか?」と言いながら、ミラーを見ると、座席にいるはずの女性の姿はない。
慌てて車を止めて、後ろの座席を確かめると、シートには小さな水たまりが残されているだけ。

何台ものタクシーが同じ体験をする。
きまって、白い服の女性がA橋の手前で乗車するが、B橋を過ぎた辺りで振り返るとその姿はなく、水たまりが残されているだけである。
A橋・B橋の幽霊として、地域では持ち切りとなった。

幽霊騒ぎが続いて1ヶ月ほど経った頃、新聞の地域欄に小さな記事が載った。
「A橋・B橋の幽霊、保護される」の見出し
A橋側からB橋を渡ってしばらく行ったところに、病院がある。
かの白い服の女性が、その姿を消す辺りに、その病院はあった。
一人の女性が入院していた。
その女性は、夜になると、家が恋しくなり、白い入院服のまま、病院を抜け出して、A橋の向こう側にある家に向かって、幹線道路脇の森の中の小道を歩いていく。
しかし、家までは遠いために、途中で諦めてしまう。
夜も遅いので、歩いてきた森の脇の幹線道路まで出ると、A橋の手前でタクシーを拾うのだった。
そして、B橋を過ぎて病院の近くまで来ると、運転手が見ていない隙を見て、窓から飛び降りたのだった。
病室からいつもその道路沿いを見ているので、その付近がどうなっているのか熟知している。
飛び降りる場所には、道路沿いに厚手の草むらがあって、飛び降りてもクッションとなって怪我をすることはない。
では、シートに残された水たまりは?
夜道を長い時間歩いていれば、用も足したくなる。
しかし、女性である。
誰も見ていなくても恥じらいがあるので、森の中でも用を足す勇気はない。
タクシーに乗って、ほっと安心すると、気もゆるみ、つい、おもらしをしてしまう。
その恥ずかしさもあって、病院近くに来ると、黙って、飛び降りていたという。
その日は、地元のお巡りさんが、たまたま仕事で遅くなり、その帰りに、夜、自転車でA橋まで来ると、白い服の女性がA橋の手前に立っているのを見つけた。
声をかけて、事情を聞くと、ちょうど、タクシーを拾おうとしているところだった。
そのお巡りさんは、その女性を迷い人として、警察署に連絡し、迎えに来た警察の車で病院まで送り届けたのである。

その後、風の噂で、その女性は無事に退院し、自宅に戻ったということである。
こうした結末もあって、この騒ぎがあったことなど、すぐに誰の記憶からも忘れられてしまった。

 

夏の晩、私は、車でこの幹線道路を走っていた。
A橋が近づくと、ふと、「そういえば、もう何年も前に、こんなことがあったな」と、A橋・B橋の幽霊騒ぎを思い出し、くすりと笑ってしまった。
A橋の手前にさしかかったとき、A橋の脇に白い服の女性が目に入った。
近づくと、片手を上げて、いかにも乗せてくれという仕草を見せた。
私が女性の前で車を止めると、その女性は後ろのドアを開けて、するりと後部座席に座った。
因みに、私の車はタクシーではない。
色は白だが、どこからどう見てもタクシーには見えない。
走っていくと、B橋を過ぎ、例の病院の辺りまで近づいてきた。
ちょうど、病院の前まで来たとき、私は、ミラーを見た。
女性の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで、A橋・B橋の幽霊だな。」
私がつぶやくと、それが聞こえたのか、後部座席に横になって寝息をたてていた妻が、むっくりと起き上がり、
「なに、それ?」
と言った。
妻は地元の人間ではないので、幽霊騒ぎのことは知らない。

 











17. ヘビになめられたカエル

カエルは動かなかった。
今、ヘビを目の前にして、ピクリともせず、ジッとして動かなかった。

こんなときなのに、カエルはこれまでの短い一生のことを思い出していた。

残してきた妻やこどもたちはどうしているだろうか。
そういえば、こどもたちには、まだ名前をつけてやっていなかったっけな。
とは言うものの、一万個以上の卵から一度に生まれてくる一万匹以上のこどもたち1匹1匹に、それぞれ名前をつけるなど、到底不可能だ。
それに、たとえ名前をつけてやったとしても、どの子がなんという名前なのか、わからなくなってしまう。
そうだな。名前なんて...。
カエルは、半ば自嘲的に苦笑いをしながら、ため息混じりにつぶやく。

そんなことを思いながら、今、自分はヘビを目の前にして動かずにいるのだと、我に帰る。
そんな状況の中で、走馬灯のように様々なことを考えて、その考えにふけってしまっていることの、なんと間抜けなことであろうか。

ヘビはカエルと触れてしまうくらい、すぐ近くまできていた。
ヘビはゆっくりと首をもたげ、口元がカエルの目の高さまできた。
そして、赤い細い舌で、カエルの鼻先をひゅるんと舐めた。

それは一瞬の出来事だった。
カエルは、目にもとまらぬ速さで、ヘビを舌に絡めてつかまえると、そのまま飲み込んだ。

ヘビの幼生は4~5cmほどの大きさだが、ウシガエルの成体は15cm以上にもなる。
初めから勝負はついていた。

 


 



 


 



 


 



 


 



16. 二つの顔を持つ男 復活

人格が破壊した男でも、適切な治療を受ければ、正常に戻る。
彼も二つの人格ゆえに、本来の自己の人格が破壊し、完全に呆けてしまったが、長い治療の末に、元の人格が回復し、正常な精神状態を取り戻すことができた。
彼の場合は、顔の骨に骨格があり、それを自分で操ることによって2つの顔を使い分けているうちに、それぞれの顔に合わせた、相反する人格が形成され、遂には、それらの人格が互いに決裂することによって、人格の破壊をもたらした。
そのため、彼の治療に際しては、自分の顔を見ることがないように、顔をマスクで覆い、部屋からは鏡等の一切の反射物を排除した。
その甲斐もあって、彼は人格破壊から復活し、元の本来の人格を取り戻したのだ。
そうして、いよいよ、社会復帰できるまでに至ったのだが、ここで、一つの課題があった。
社会生活を営む上では、常に顔をマスクで隠しているわけにはいかない。
マスクを外せば、街中にある反射物に写った自分の顔を見ることになり、再び、人格の破壊を招きかねない。
彼と、彼の担当医は、考えた。
顔を一つにすればよいのではないか。
といって、顔を固めることなど、できはしない。
せめて一定時間だけでも、一つの顔を維持できれば、二つの顔を見る機会を減らすことができる。

求めれば、救いはある。
フェイスバンドで、顔を整えれば、その後、しばらくは、一定の顔を保つことができるのではないか。
早速、試してみる。
フェイスバンドを顔にあて、形を整える。
3分間そのままにし、フェイスバンドを外すと、整えたままの顔をキープできた。
これだ。

彼は退院した。

彼は、外出するときは、フェイスバンドで顔を整えてることが日課になった。
人の体は、外部からの刺激で進化する。
彼は、フェイスバンドで、美男顔に整えるようにした。
自分でもほれぼれするようなイケメンの顔で、自信にあふれた姿で街を闊歩した。

彼がフェイスバンドを使い始めてから3か月ほど過ぎたころ、彼は、街中の男の顔の変化に気が付いた。
みながみな、彼同様のイケメンだらけだ。
即ち、世の男たちも、美男顔を得ることで、活力に溢れた男子となった。
かくして、二つの顔を持つ男の復活と時を同じくして、男たちもその名誉を回復したのである。


15. 二つの顔を持つ女

彼女の顔には、無数の関節があった。
通常、人の顔には、顎の関節があるだけで、他には関節はない。
そのため、顔は、口の開け閉め等で最も大きく変化し、あとは、表情筋によって、皮膚を変化させることで、きめ細かい表情を作り出す。
彼女の場合は、顔の骨の表面が、多角形のコマで覆われており、そのコマ同士が6次元で動く。
しかし、そのコマ同士をつなぐ筋肉はなく、顎を動かすときのように、各コマを自由に動かすことはできなかった。
唯一、表情筋によって、コマの角度、向きを変化させて、通常の表情筋だけの動きを超えた顔の変化を見せることができた。
例えて言うなら、二つの顔を持つ女というくらいの変化だった。
そうは言っても、表情筋の動きだけでは、望む形に自在に顔の形を変えることは、至難の業だった。

そんなある日、彼女は、フェイスバンドを見つけた。
それは、着けるだけで顔かたちが整うと言われるものだった。
彼女は、早速、そのフェイスバンドを買って、顔にかけてみた。
もちろん、意味もなく顔にかけるのではない。
自分が望む顔の形になるように、そのフェイスバンドで、形を整えるようにかけてみた。
彼女の望みは、誰しもが望むこと、奇麗になりたいことだ。
少しずつ丁寧に、形を整えながら、フェイスバンドを調整していく。
自分の望む形になったところで手を放し、フェイスバンドをつけたままにした。
3分後、フェイスバンドを外す。
鏡の向こうには、モデル並みに整った、美人顔の彼女がいた。

それ以来、彼女が外出するときには、そのフェイスバンドで顔を整えてから外出することが日課になった。

彼女がそのフェイスバンドを見つけてから1ヶ月ほど経った頃、彼女は、街中の女性たちの顔の変化に気付いた。
自分だけではなく、道行く女性たちの顔が、みんな、整った美人顔になっていることに気付いたのである。
それは、女性たち自身にとっても同じであった。

今や、フェイスバンドを持たない女性は皆無となり、それは、女性たちをさらに美しくし、それに伴って、自信に溢れた、快活な女性たちの世の中となった。

男たちは、...
今や、陰の薄い、弱弱しい存在となり下がったのである。

14. チャンスと呼ばれた男 復活

とある公園に、一人のホームレスがいた。
その男は、スキンヘッドで、額には大きなアザがあった。
ホームレスになる前は、高級マンションに住み、毎夜高級クラブで豪遊するなど、相当に派手な暮らしをしていたという噂だが、ある時から、無一文になって、ホームレスの仲間入りをしたらしい。

ある日、彼は、育毛剤を拾った。
彼は、そのアザの部分に、その拾った育毛剤をふりかけた。
毎日、彼は、同じように、そのアザの部分に、育毛剤をふりかけた。
しばらくすると、額の部分には、うっすらと産毛が生えてきた。
更にしばらくすると、前髪だけが生えている頭になった。

前髪がそこそこに伸びて、手で掴めるくらいの長さになった頃、彼は、苦労してかき集めた小銭で、宝くじを買った。
買うときに、彼は自分の前髪を掴みながら、宝くじを受け取った。

それからしばらくして、彼は、その公園から姿を消した。

都心の高級マンションの一室に、彼の姿があった。
彼は、高級車を乗り回し、毎夜、高級クラブで豪遊していた。
豪華客船でクルーズの旅も楽しんだ。
何事にも、金に糸目はつけず、金を湯水の如く使っている彼の姿があった。
彼にとって、何事もチャンスであり、そのチャンスを逃すことは、もう無かった。

人は、例えて言う。
チャンスの神様には前髪しかないから、その前髪を急いで掴まないと、チャンスの神様は走り去っていってしまう。




 














13. 年齢確認

僕は、会社の帰りは、いつも駅前のコンビニで買い物をしてから家に帰ります。
家といっても、アパートの一人暮らしですので、帰っても誰も迎えるものなどいません。
仕事は、毎日、残業しない日はなく、家で自炊をする時間などありませんので、夕食類をコンビニで買って、一人ボソボソと遅い夕食をすませます。
あとはすぐに寝るだけです。
数時間寝て、目を覚ますと、もう、すぐに会社へ向かいます。
そんな毎日の繰り返しです。
ですから、ときどきは、コンビニで寝酒用の缶ビールを買ったりもします。
缶ビールを買うときは、決まって、レジで年齢確認があります。
もちろん、どう見ても僕は飲酒禁止の年齢には見えませんので、レジが「年齢確認が必要です」と言えば、当然に、店員さんが確認ボタンを押します。
当たり前の話ですが、缶ビールを買うときに、そこでストップするようなことはありません。

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酒類もそうですが、成人向け雑誌を買うときも、同じように年齢確認があります。
これも、もちろん、問題なく買うことができます。
僕は、正真正銘の大人の会社員で、見た目も年相応ですから、誰がどう見ても、未成年ではないことは明らかです。
ですから、レジが「年齢確認が・・・」と言っても、何もためらう必要もなく、すべて事務的に買い物は進みます。

今日も、残業でへとへとになりながら、帰りの電車を降りて、駅前のいつものコンビニに寄りました。
今日はビールを飲む気にはなれなかったのですが、陳列ケースにアイスバーの新製品があったので、これを食べたくなりました。
それは、期間限定の特別品で、そう言えば、電車の中吊りにも、新発売の広告が出ていました。
ここのコンビニでも、早速発売しているのですから、売り切れる前に買っておかないと、いつなくなるかわかりません。
迷わず、買い物かごにそのアイスバーを入れ、レジに出しました。
今日は、いつもと違う、新人の店員さんのようです。
その店員さんは、多少の緊張感を見せながら、淡々とかごの中の品物をバーコードリーダーにかざし、ビニール袋に入れていきます。
ちょうど、アイスバーをバーコードリーダーにかざしたときのことです。
「年齢確認が必要です」
と、レジが言いいました。
すると、店員さんが僕の顔をじぃっと見ました。
僕は、慌てふためきながら、運転免許証を取り出して、店員さんに見せました。
店員さんは、(極めて事務的に)「293円です。」と言って、アイスバーを袋に入れました。
あとは滞りなく、代金を払って、無事にアイスバーと弁当類を買うことができました。
アイスバーで、年齢確認されたのは、初めてだったので、年甲斐もなく、少し緊張してしまった自分が可笑しかったです。

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コンビニを出て、家へ向かう道すがら、僕は我慢ができずに、歩きながらアイスバーを取り出して、それにかぶりつきました。
そうして、アイスバーを食べながら歩道を歩いていると、車道を赤色灯をチカチカさせながら進んできた車が目に入りました。
覆面パトカーのようでした。
その覆面パトカーは、僕の数メートル手前辺りまできたところで、突然、
「そこの歩行者。歩きながらのアイスは危険ですよッ。」
と、スピーカーから大声で警告を発しました。
僕は、びっくりして、思わず立ち止まると、その覆面パトカーに一礼し、その場でアイスバーを急いで食べきりました。
食べきったときには、もう、覆面パトカーは、はるか後ろの方に走り去っていました。
僕は、「はぁぁっ」と大きくため息をつくと、家に向かって歩き始めました。















12. うさぎとかめ

「僕は、ご先祖様の汚名を晴らしたいんだ。」
うさぎの口癖だ。
「じゃぁ、今年も、かけっこしようか。」
かめが応える。
うさぎとかめは仲がいい。
理由はどうでもいい。仲がいいのだ。
仲がいいからこそ、彼らの先祖はかけっこをしたのだ。
かけっこで、うさぎは負けたが、愚痴をたれることもなく、また、かめもうさぎを馬鹿にしたりはしていない。
そのくらい、仲がいいのだ。
うさぎとかめは、飲み友達だ。
今日も一緒に酒を酌み交わしながら、楽しくお喋りしている。
ときどき、うさぎは、かけっこの話をする。
話の続きで、本当にかけっこをすることもあれば、話だけで終わることもある。
うさぎは、先祖が、ゴール前で居眠りをして、かめに先を越されたことを、自嘲気味だが面白可笑しく語る。
今日は、話が乗ってきた。
では、かけっこをしようということになった。
うさぎとかめは、それぞれの知り合いに告知し、多くの応援客も見に来ることになった。

かけっこの前日、うさぎとかめは、相変わらず、酒を酌み交わしていた。
どちらも部類の酒好きなのだ。
「明日はいよいよかけっこだ。今日は景気づけに飲もうぜ。」
盃は進む。
気づくと、明け方近い。
うさぎもかめも、かなり酔いが回っている。
これはいけないと思ったのか、どちらからともなく、家に帰っていった。

それぞれ、睡眠はとったのかどうかはわからないが、かけっこの時間には、うさぎもかめもスタート地点に到着した。
沿道は、たくさんの応援客で溢れている。
懸賞もついている。
勝負の賭けも始まっている。
ゴールは、言うまでもなく、向こうのお山のふもとだ。
いつの間にか、スタートとゴールに、ちゃんと審判がいる。
沿道の要所要所にも、審判員が配置されている。
スタート係もいる。
ついに、スタートの合図ともに、うさぎとかめは走り始めた。
うさぎは軽快に飛ばしていく
かめは落ち着いて歩を進めていく
と思いきや、様子が変だ。
うさぎの目は、二日酔いで真っ赤に充血しているのに、酔いでテンションが上がりきって、ピョンピョンと飛び跳ねている。
かめは、酔いに負けたかのように、ゆっくりゆっくりと足を繰り出して、進むとも進まないとも言えない歩みである。
どちらも、ゴールに向かって進んでいく様子もない。
結局、かけっこにはならず、お開きになった。

それからも、相変わらず、うさぎは充血した目でピョンピョンと飛び跳ねるし、かめはゆっくりゆっくりと足を繰り出して、進むとも進まないとも言えない歩みで歩を進めるのであった。


11. 出世稲荷

「お参りに行くなら、脇の坂道を少し上ったところに小さなお稲荷様があるから、そこもお参りするといいよ。あそこは出世稲荷だから。」
隣の家のおばちゃんが言った。
ここに引っ越してきて最初の正月を迎え、お寺に初もうでに行こうとしていたときだ。
その寺は、小山一つを境内にしており、初もうでのときには、全国でも1、2位を争うほどの多くの参詣客でにぎわう、有名な大きなお寺だ。
おばちゃんに言われたお稲荷様は、その広大な敷地の隅っこのほうにあるらしいが、無名のようで、全く聞いたこともなかった。
言われた通り、本殿の脇の坂道に行ってみた。
その坂道は、土がむき出しのままで、砂利すらも敷かれていなかった。
本殿の参道が、敷石の舗装や砂利などできれいに整備されているのとは対照的で、荒れ道と言う言葉が似合いそうな、間に合わせのような道だった。
ちょうど雨の日だったのだが、水はけが悪いのか、その坂道はぬかるみになっており、靴の中まで泥水でいっぱいになった。
来て失敗だったかなと思ったが、泥靴になってしまっては、もうどうでもよくなったので、そのまま坂道を進んでいくと、100mほど上った右側に、赤いのぼりが2本立っているのが目に入った。
そののぼりの間から、坂道の右手に石段があった。
自然石を乱雑に積み重ねて、まるで間に合わせに作ったような、ボロボロの石段が10数段続いていた。
数段上ったところに、木肌がむき出しの粗末な鳥居が1本立っていた。普通、鳥居は参道の入口にあたる石段の一番下のところにあるものだが、それはいかにも間に合わせという感じで立っていた。
石段を上りきったところに、これもまた木肌がむき出しの、飾り気のない祠が立っていた。
高さは大人の背丈ほどで、その真ん中に、2対の白いキツネの像が座っている。
祠のせり出しには、小さな鈴がつり下げられ、鈴の付け根からは、ねずみいろに薄汚れた粗末な綱が垂れ下がっていた。
足元には、小さな賽銭箱があった。
本殿やその周りは参詣客であふれ返っているというのに、このお稲荷様とその前の坂道には、私たち家族4人以外は誰もいない。
あまりにも寂しく、かわいそうなお稲荷様なので、お賽銭を上げて、鈴を鳴らし、お参りをした。
それ以来、毎年、初もうでのときには、せめて自分たちだけでもと、そのお稲荷様にもお参りをするようになった。

2年、3年、4年。
いつも、行くと、お参りしているのは、私たちだけだった。

通い始めて5年。
他にも2、3人の参拝者を見かけるようになり、祠の手前でお参りの順番を少しだけ待つようになった。

10年。
石段に数人が並ぶようになった。
この頃から、祠の両脇に、お供えを飾る段が据え付けられ、坂道の途中にお供えを売る屋台が現れた。
参拝者は、そこで油揚げとろうそくを買って、お稲荷様にお供えをする。

ある年。 通い始めてから10数年。
石段の途中に、周りの粗末さとは不釣り合いな、朱塗りの立派な鳥居が1本建てられた。
鳥居の柱には、寄進者の名前が記されていた。

その次の年。
石段の下まで、人が並ぶようになった。

20年。
鈴が2個に増え、その鈴を鳴らす綱も、きれいな新品のものにつり替えられた。
賽銭箱も一回り大きくなった。

30年。
坂道にも人が並ぶようになった。
坂道は、敷石で舗装され、雨の日でも靴が泥でよごれることはなくなった。
お供え売りの屋台も2軒に増え、坂道の途中と先には、数軒の出店も並ぶようになった。
鳥居も数本に増えた。

そのお稲荷様にお参りを始めてから、40年が経った。
祠は、高さ数mの立派な社に建て替えられ、社のせり出しには一抱えもある大きな鈴がつり下げられるようになった。
社の両脇に据え付けられたお供えの段には、たくさんの油揚げとろうそくが絶えることがない。
その社に続く石段も、御影石のピカピカな階段に作り替えられ、真鍮製の手すりも設けられた。
お稲荷様の入口、すなわち、石段の上り口からは、手すりとともに、朱塗りの鳥居がいくつも並び、数10本の赤いのぼりも立ち、ちょっとした神社並みのお参り場所になった。
坂道には行列ができ、その長さは優に100mを超え、坂道の下まで続いている。
今や、その稲荷は大出世した。

10. 恋愛の距離

恋愛の距離を測るアプリが公開された。
スマートフォンのアプリケーションソフトだ。
と言っても、スマホの位置などから、仮想的に「恋愛の距離」を算出するような、いわゆるお楽しみアプリではない。
実際の人間の恋愛の距離を測定するものだ。
原理はこうだ。
スマホにはいろいろなセンサーが組み込まれているが、電波のセンサーを用いて、微弱な脳波を検知し、その特性から、恋愛感情の強弱と共振の程度から、恋愛の距離を算出する。
人は、恋愛感情を抱くと、独特の脳波を示す。
その脳波は、通常は、頭に電極をつけて測定されるもので、微弱な電流だ。
電流の変化に伴って、微弱ではあるが、波長、周波数はある一定の範囲で、極めて特徴的な電磁波を発するので、スマホのセンサーで、その特徴を捉えれば、脳波を検出することができる。
もちろん、センサーからの距離によっては、全く検知できないものとなってしまうことは、当然のことではある。
このアプリでは、スマホが受信した電波の中から、ノイズとも言えるような微小な振動の変動部分を取り出し、そこに脳波の振動特性をマッチさせる、特殊な信号処理技術によって、大方のスマホでも、1m以内であれば、脳波を検知できるようにした。
検知した脳波は、まず、恋愛感情を示すものかどうか判断される。
人の恋愛感情により発せられる脳波の波形のパターンとの照合が行われ、それに合致すれば、恋愛感情と判断される。
ここで検知される脳波は、自分の脳波と、恋愛距離を測りたい相手の脳波だ。
自分の脳波は、始めに、スマホのカメラで自撮りをすると、その方向の脳波の特徴を自分の脳波として記録する。
相手については、画面に従って、相手の方向と距離(1m以内)を特定して、その範囲の脳波の特徴を相手の脳波として記録する。
そうして特定した脳波から、恋愛感情かどうかを判断した後、波長、振動数、波形などから、その合致性を測定するとともに、共振点があるかどうかを判断する。
合致性の度合いと共振点の位置、そして共振の強度などから、互いの恋愛感情の共通度合いを恋愛の距離として表示する。
共通度合いが強ければ強いほど、恋愛の距離は短くなる。
相手の脳波から恋愛感情の脳波が検出されないときは、恋愛の距離は極めて遠くなる。

アプリは無償版と有償版の2種類があった。
無償版は、恋愛距離を「超近い」、「近い」、「遠い」、「超遠い」、「超々遠い」の5段階で表示し、距離も10cm以内の超近接範囲に限定されている。
有償版は、恋愛距離の値が数値とビジュアルで表示され、距離も1mまで測定できるようになっている。
まずは無償版で試してから、実際の距離を測るために有償版をダウンロードするという順番となる。

小学生(女子)の場合:
-女子「ねぇねぇ、恋愛の距離だって。」
-男子「なんだぁ、それ?」
-女子「図ってみるぅ。」
—-「あれ?・・・」
—-「『超々遠い』だって。」
—-「つまんなぁい。 消しちゃぉっ。」
小学生には、まだ恋愛というものがわかっていない。

中学生(女子)の場合:
-女子「これ、恋愛の距離がわかるの。」
-男子「そう?」
-女子「うん。 って。 『超々遠い』だょ。」
—-「なんだかなぁ・・・。 消そうっと。」
好きな相手のことは、遠くからながめているものだ。

高校生(女子)の場合:
-女子「恋愛の距離って、おもしろくない?」
-女子「おもしろそー。 やって、やって。」
-男子「なんだそれ。 やってみろよ。」
-女子「『超々遠い』だぁぁぁぁ。 むかつくぅぅぅ。 消しちゃぇっ。」
気軽に話せる相手に、恋愛感情を抱くことはまれだ。

カップルの場合:
-女子「これさぁ、恋愛の距離がわかるって。」
-男子「やってみろよぉ。」
-女子「楽しみぃ。」
—-「あれ? 何これ。 おかしくない?」
-男子「『超々遠い』ぃ?」
-女子・男子「もうっ、消すっ。」
カップルになってしまうと、もはや相手にときめきを感じたりはしない。

男子の場合:
-男子「あの、これ、恋愛の距離が・・・ って。 行っちゃった。」
—-「使えねぇ。 消そっ。」
無償版は、10cm以内でないと測定できない。

有償版がダウンロードされることはなかった。

(上記のアプリは架空のものであり、また、上記は実際のなんらかのアプリを批評したりするものではありません。)


9. 金しだい

彼は大金を持っていた。
どのようにして大金を得たかは割愛し、想像に任せることとして、それで、今、彼がどうしているのかを述べることとする。
彼は、病に伏せっていた。
彼には家族もなく、人付き合いもないため、独り、自宅で病の床に伏せっているのだ。
彼は医者ではないので、何の病気なのか分からない。
とにかく、病気なのだ。
体が思うように動かないため、医者にも行けず、そのまま床に伏せっている。
やっとの思いで、大事な金だけは、手元に持ってくることができた。
大金を袋に詰め、抱きかかえたまま、床に伏せっているのだ。
意識が朦朧としてきて、いつの間にか、眠るように、彼は静かになった。

気がつくと、彼は川の縁にいた。
船が留っている。
船頭だろうか、陰気な雰囲気の男(のような生き物)が、彼に気付くと、片手を差し出した。
彼は無意識に、小銭を彼の手に渡した。
彼は、その船で対岸に渡った。
岸辺で後ろを振り向くと、今乗ってきた船の姿はなく、川すらも靄の中に消えていた。
彼は仕方なく、目の前の建物に入っていった。
入るとすぐに、大きな椅子に腰かけている大きな人物が目に入った。
彼は、その大男の前に跪いた。
その大男は、恐ろしい形相をしており、とても直視できないほどの姿だった。
彼は、その恐ろしさのあまり震えていると、横から、小僧のようなものが駆け寄り、彼が抱えていた袋をむしりとった。
突然のことに、彼は抵抗する間もなかった。
小僧のようなものは、彼からむしりとった袋を、目の前の大男に差し出した。
大男は、袋の中身を確かめると、うっすらと満足げな笑みを浮かべた。
次の瞬間、大男は、天地をも揺るがすような大声で何かを言った。
何と言ったかはわからない。
あまりの大声に、彼は気を失った。

どのくらいの時間が経ったのか。
彼は、相変わらずの床で目を覚ました。
病気は治ってきたような気がした。
彼がしっかりと抱えていた袋は、跡形もなく消え、部屋の中のどこにも、彼の大金は見当たらなかった。