14. チャンスと呼ばれた男 復活


とある公園に、一人のホームレスがいた。
その男は、スキンヘッドで、額には大きなアザがあった。
ホームレスになる前は、高級マンションに住み、毎夜高級クラブで豪遊するなど、相当に派手な暮らしをしていたという噂だが、ある時から、無一文になって、ホームレスの仲間入りをしたらしい。

ある日、彼は、育毛剤を拾った。
彼は、そのアザの部分に、その拾った育毛剤をふりかけた。
毎日、彼は、同じように、そのアザの部分に、育毛剤をふりかけた。
しばらくすると、額の部分には、うっすらと産毛が生えてきた。
更にしばらくすると、前髪だけが生えている頭になった。

前髪がそこそこに伸びて、手で掴めるくらいの長さになった頃、彼は、苦労してかき集めた小銭で、宝くじを買った。
買うときに、彼は自分の前髪を掴みながら、宝くじを受け取った。

それからしばらくして、彼は、その公園から姿を消した。

都心の高級マンションの一室に、彼の姿があった。
彼は、高級車を乗り回し、毎夜、高級クラブで豪遊していた。
豪華客船でクルーズの旅も楽しんだ。
何事にも、金に糸目はつけず、金を湯水の如く使っている彼の姿があった。
彼にとって、何事もチャンスであり、そのチャンスを逃すことは、もう無かった。

人は、例えて言う。
チャンスの神様には前髪しかないから、その前髪を急いで掴まないと、チャンスの神様は走り去っていってしまう。


 














13. 年齢確認

僕は、会社の帰りは、いつも駅前のコンビニで買い物をしてから家に帰ります。
家といっても、アパートの一人暮らしですので、帰っても誰も迎えるものなどいません。
仕事は、毎日、残業しない日はなく、家で自炊をする時間などありませんので、夕食類をコンビニで買って、一人ボソボソと遅い夕食をすませます。
あとはすぐに寝るだけです。
数時間寝て、目を覚ますと、もう、すぐに会社へ向かいます。
そんな毎日の繰り返しです。
ですから、ときどきは、コンビニで寝酒用の缶ビールを買ったりもします。
缶ビールを買うときは、決まって、レジで年齢確認があります。
もちろん、どう見ても僕は飲酒禁止の年齢には見えませんので、レジが「年齢確認が必要です」と言えば、当然に、店員さんが確認ボタンを押します。
当たり前の話ですが、缶ビールを買うときに、そこでストップするようなことはありません。

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酒類もそうですが、成人向け雑誌を買うときも、同じように年齢確認があります。
これも、もちろん、問題なく買うことができます。
僕は、正真正銘の大人の会社員で、見た目も年相応ですから、誰がどう見ても、未成年ではないことは明らかです。
ですから、レジが「年齢確認が・・・」と言っても、何もためらう必要もなく、すべて事務的に買い物は進みます。

今日も、残業でへとへとになりながら、帰りの電車を降りて、駅前のいつものコンビニに寄りました。
今日はビールを飲む気にはなれなかったのですが、陳列ケースにアイスバーの新製品があったので、これを食べたくなりました。
それは、期間限定の特別品で、そう言えば、電車の中吊りにも、新発売の広告が出ていました。
ここのコンビニでも、早速発売しているのですから、売り切れる前に買っておかないと、いつなくなるかわかりません。
迷わず、買い物かごにそのアイスバーを入れ、レジに出しました。
今日は、いつもと違う、新人の店員さんのようです。
その店員さんは、多少の緊張感を見せながら、淡々とかごの中の品物をバーコードリーダーにかざし、ビニール袋に入れていきます。
ちょうど、アイスバーをバーコードリーダーにかざしたときのことです。
「年齢確認が必要です」
と、レジが言いいました。
すると、店員さんが僕の顔をじぃっと見ました。
僕は、慌てふためきながら、運転免許証を取り出して、店員さんに見せました。
店員さんは、(極めて事務的に)「293円です。」と言って、アイスバーを袋に入れました。
あとは滞りなく、代金を払って、無事にアイスバーと弁当類を買うことができました。
アイスバーで、年齢確認されたのは、初めてだったので、年甲斐もなく、少し緊張してしまった自分が可笑しかったです。

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コンビニを出て、家へ向かう道すがら、僕は我慢ができずに、歩きながらアイスバーを取り出して、それにかぶりつきました。
そうして、アイスバーを食べながら歩道を歩いていると、車道を赤色灯をチカチカさせながら進んできた車が目に入りました。
覆面パトカーのようでした。
その覆面パトカーは、僕の数メートル手前辺りまできたところで、突然、
「そこの歩行者。歩きながらのアイスは危険ですよッ。」
と、スピーカーから大声で警告を発しました。
僕は、びっくりして、思わず立ち止まると、その覆面パトカーに一礼し、その場でアイスバーを急いで食べきりました。
食べきったときには、もう、覆面パトカーは、はるか後ろの方に走り去っていました。
僕は、「はぁぁっ」と大きくため息をつくと、家に向かって歩き始めました。


















12. うさぎとかめ

「僕は、ご先祖様の汚名を晴らしたいんだ。」
うさぎの口癖だ。
「じゃぁ、今年も、かけっこしようか。」
かめが応える。
うさぎとかめは仲がいい。
理由はどうでもいい。仲がいいのだ。
仲がいいからこそ、彼らの先祖はかけっこをしたのだ。
かけっこで、うさぎは負けたが、愚痴をたれることもなく、また、かめもうさぎを馬鹿にしたりはしていない。
そのくらい、仲がいいのだ。
うさぎとかめは、飲み友達だ。
今日も一緒に酒を酌み交わしながら、楽しくお喋りしている。
ときどき、うさぎは、かけっこの話をする。
話の続きで、本当にかけっこをすることもあれば、話だけで終わることもある。
うさぎは、先祖が、ゴール前で居眠りをして、かめに先を越されたことを、自嘲気味だが面白可笑しく語る。
今日は、話が乗ってきた。
では、かけっこをしようということになった。
うさぎとかめは、それぞれの知り合いに告知し、多くの応援客も見に来ることになった。

かけっこの前日、うさぎとかめは、相変わらず、酒を酌み交わしていた。
どちらも部類の酒好きなのだ。
「明日はいよいよかけっこだ。今日は景気づけに飲もうぜ。」
盃は進む。
気づくと、明け方近い。
うさぎもかめも、かなり酔いが回っている。
これはいけないと思ったのか、どちらからともなく、家に帰っていった。

それぞれ、睡眠はとったのかどうかはわからないが、かけっこの時間には、うさぎもかめもスタート地点に到着した。
沿道は、たくさんの応援客で溢れている。
懸賞もついている。
勝負の賭けも始まっている。
ゴールは、言うまでもなく、向こうのお山のふもとだ。
いつの間にか、スタートとゴールに、ちゃんと審判がいる。
沿道の要所要所にも、審判員が配置されている。
スタート係もいる。
ついに、スタートの合図ともに、うさぎとかめは走り始めた。
うさぎは軽快に飛ばしていく
かめは落ち着いて歩を進めていく
と思いきや、様子が変だ。
うさぎの目は、二日酔いで真っ赤に充血しているのに、酔いでテンションが上がりきって、ピョンピョンと飛び跳ねている。
かめは、酔いに負けたかのように、ゆっくりゆっくりと足を繰り出して、進むとも進まないとも言えない歩みである。
どちらも、ゴールに向かって進んでいく様子もない。
結局、かけっこにはならず、お開きになった。

それからも、相変わらず、うさぎは充血した目でピョンピョンと飛び跳ねるし、かめはゆっくりゆっくりと足を繰り出して、進むとも進まないとも言えない歩みで歩を進めるのであった。


11. 出世稲荷

「お参りに行くなら、脇の坂道を少し上ったところに小さなお稲荷様があるから、そこもお参りするといいよ。あそこは出世稲荷だから。」
隣の家のおばちゃんが言った。
ここに引っ越してきて最初の正月を迎え、お寺に初もうでに行こうとしていたときだ。
その寺は、小山一つを境内にしており、初もうでのときには、全国でも1、2位を争うほどの多くの参詣客でにぎわう、有名な大きなお寺だ。
おばちゃんに言われたお稲荷様は、その広大な敷地の隅っこのほうにあるらしいが、無名のようで、全く聞いたこともなかった。
言われた通り、本殿の脇の坂道に行ってみた。
その坂道は、土がむき出しのままで、砂利すらも敷かれていなかった。
本殿の参道が、敷石の舗装や砂利などできれいに整備されているのとは対照的で、荒れ道と言う言葉が似合いそうな、間に合わせのような道だった。
ちょうど雨の日だったのだが、水はけが悪いのか、その坂道はぬかるみになっており、靴の中まで泥水でいっぱいになった。
来て失敗だったかなと思ったが、泥靴になってしまっては、もうどうでもよくなったので、そのまま坂道を進んでいくと、100mほど上った右側に、赤いのぼりが2本立っているのが目に入った。
そののぼりの間から、坂道の右手に石段があった。
自然石を乱雑に積み重ねて、まるで間に合わせに作ったような、ボロボロの石段が10数段続いていた。
数段上ったところに、木肌がむき出しの粗末な鳥居が1本立っていた。普通、鳥居は参道の入口にあたる石段の一番下のところにあるものだが、それはいかにも間に合わせという感じで立っていた。
石段を上りきったところに、これもまた木肌がむき出しの、飾り気のない祠が立っていた。
高さは大人の背丈ほどで、その真ん中に、2対の白いキツネの像が座っている。
祠のせり出しには、小さな鈴がつり下げられ、鈴の付け根からは、ねずみいろに薄汚れた粗末な綱が垂れ下がっていた。
足元には、小さな賽銭箱があった。
本殿やその周りは参詣客であふれ返っているというのに、このお稲荷様とその前の坂道には、私たち家族4人以外は誰もいない。
あまりにも寂しく、かわいそうなお稲荷様なので、お賽銭を上げて、鈴を鳴らし、お参りをした。
それ以来、毎年、初もうでのときには、せめて自分たちだけでもと、そのお稲荷様にもお参りをするようになった。

2年、3年、4年。
いつも、行くと、お参りしているのは、私たちだけだった。

通い始めて5年。
他にも2、3人の参拝者を見かけるようになり、祠の手前でお参りの順番を少しだけ待つようになった。

10年。
石段に数人が並ぶようになった。
この頃から、祠の両脇に、お供えを飾る段が据え付けられ、坂道の途中にお供えを売る屋台が現れた。
参拝者は、そこで油揚げとろうそくを買って、お稲荷様にお供えをする。

ある年。 通い始めてから10数年。
石段の途中に、周りの粗末さとは不釣り合いな、朱塗りの立派な鳥居が1本建てられた。
鳥居の柱には、寄進者の名前が記されていた。

その次の年。
石段の下まで、人が並ぶようになった。

20年。
鈴が2個に増え、その鈴を鳴らす綱も、きれいな新品のものにつり替えられた。
賽銭箱も一回り大きくなった。

30年。
坂道にも人が並ぶようになった。
坂道は、敷石で舗装され、雨の日でも靴が泥でよごれることはなくなった。
お供え売りの屋台も2軒に増え、坂道の途中と先には、数軒の出店も並ぶようになった。
鳥居も数本に増えた。

そのお稲荷様にお参りを始めてから、40年が経った。
祠は、高さ数mの立派な社に建て替えられ、社のせり出しには一抱えもある大きな鈴がつり下げられるようになった。
社の両脇に据え付けられたお供えの段には、たくさんの油揚げとろうそくが絶えることがない。
その社に続く石段も、御影石のピカピカな階段に作り替えられ、真鍮製の手すりも設けられた。
お稲荷様の入口、すなわち、石段の上り口からは、手すりとともに、朱塗りの鳥居がいくつも並び、数10本の赤いのぼりも立ち、ちょっとした神社並みのお参り場所になった。
坂道には行列ができ、その長さは優に100mを超え、坂道の下まで続いている。
今や、その稲荷は大出世した。

10. 恋愛の距離

恋愛の距離を測るアプリが公開された。
スマートフォンのアプリケーションソフトだ。
と言っても、スマホの位置などから、仮想的に「恋愛の距離」を算出するような、いわゆるお楽しみアプリではない。
実際の人間の恋愛の距離を測定するものだ。
原理はこうだ。
スマホにはいろいろなセンサーが組み込まれているが、電波のセンサーを用いて、微弱な脳波を検知し、その特性から、恋愛感情の強弱と共振の程度から、恋愛の距離を算出する。
人は、恋愛感情を抱くと、独特の脳波を示す。
その脳波は、通常は、頭に電極をつけて測定されるもので、微弱な電流だ。
電流の変化に伴って、微弱ではあるが、波長、周波数はある一定の範囲で、極めて特徴的な電磁波を発するので、スマホのセンサーで、その特徴を捉えれば、脳波を検出することができる。
もちろん、センサーからの距離によっては、全く検知できないものとなってしまうことは、当然のことではある。
このアプリでは、スマホが受信した電波の中から、ノイズとも言えるような微小な振動の変動部分を取り出し、そこに脳波の振動特性をマッチさせる、特殊な信号処理技術によって、大方のスマホでも、1m以内であれば、脳波を検知できるようにした。
検知した脳波は、まず、恋愛感情を示すものかどうか判断される。
人の恋愛感情により発せられる脳波の波形のパターンとの照合が行われ、それに合致すれば、恋愛感情と判断される。
ここで検知される脳波は、自分の脳波と、恋愛距離を測りたい相手の脳波だ。
自分の脳波は、始めに、スマホのカメラで自撮りをすると、その方向の脳波の特徴を自分の脳波として記録する。
相手については、画面に従って、相手の方向と距離(1m以内)を特定して、その範囲の脳波の特徴を相手の脳波として記録する。
そうして特定した脳波から、恋愛感情かどうかを判断した後、波長、振動数、波形などから、その合致性を測定するとともに、共振点があるかどうかを判断する。
合致性の度合いと共振点の位置、そして共振の強度などから、互いの恋愛感情の共通度合いを恋愛の距離として表示する。
共通度合いが強ければ強いほど、恋愛の距離は短くなる。
相手の脳波から恋愛感情の脳波が検出されないときは、恋愛の距離は極めて遠くなる。

アプリは無償版と有償版の2種類があった。
無償版は、恋愛距離を「超近い」、「近い」、「遠い」、「超遠い」、「超々遠い」の5段階で表示し、距離も10cm以内の超近接範囲に限定されている。
有償版は、恋愛距離の値が数値とビジュアルで表示され、距離も1mまで測定できるようになっている。
まずは無償版で試してから、実際の距離を測るために有償版をダウンロードするという順番となる。

小学生(女子)の場合:
-女子「ねぇねぇ、恋愛の距離だって。」
-男子「なんだぁ、それ?」
-女子「図ってみるぅ。」
—-「あれ?・・・」
—-「『超々遠い』だって。」
—-「つまんなぁい。 消しちゃぉっ。」
小学生には、まだ恋愛というものがわかっていない。

中学生(女子)の場合:
-女子「これ、恋愛の距離がわかるの。」
-男子「そう?」
-女子「うん。 って。 『超々遠い』だょ。」
—-「なんだかなぁ・・・。 消そうっと。」
好きな相手のことは、遠くからながめているものだ。

高校生(女子)の場合:
-女子「恋愛の距離って、おもしろくない?」
-女子「おもしろそー。 やって、やって。」
-男子「なんだそれ。 やってみろよ。」
-女子「『超々遠い』だぁぁぁぁ。 むかつくぅぅぅ。 消しちゃぇっ。」
気軽に話せる相手に、恋愛感情を抱くことはまれだ。

カップルの場合:
-女子「これさぁ、恋愛の距離がわかるって。」
-男子「やってみろよぉ。」
-女子「楽しみぃ。」
—-「あれ? 何これ。 おかしくない?」
-男子「『超々遠い』ぃ?」
-女子・男子「もうっ、消すっ。」
カップルになってしまうと、もはや相手にときめきを感じたりはしない。

男子の場合:
-男子「あの、これ、恋愛の距離が・・・ って。 行っちゃった。」
—-「使えねぇ。 消そっ。」
無償版は、10cm以内でないと測定できない。

有償版がダウンロードされることはなかった。

(上記のアプリは架空のものであり、また、上記は実際のなんらかのアプリを批評したりするものではありません。)


9. 金しだい

彼は大金を持っていた。
どのようにして大金を得たかは割愛し、想像に任せることとして、それで、今、彼がどうしているのかを述べることとする。
彼は、病に伏せっていた。
彼には家族もなく、人付き合いもないため、独り、自宅で病の床に伏せっているのだ。
彼は医者ではないので、何の病気なのか分からない。
とにかく、病気なのだ。
体が思うように動かないため、医者にも行けず、そのまま床に伏せっている。
やっとの思いで、大事な金だけは、手元に持ってくることができた。
大金を袋に詰め、抱きかかえたまま、床に伏せっているのだ。
意識が朦朧としてきて、いつの間にか、眠るように、彼は静かになった。

気がつくと、彼は川の縁にいた。
船が留っている。
船頭だろうか、陰気な雰囲気の男(のような生き物)が、彼に気付くと、片手を差し出した。
彼は無意識に、小銭を彼の手に渡した。
彼は、その船で対岸に渡った。
岸辺で後ろを振り向くと、今乗ってきた船の姿はなく、川すらも靄の中に消えていた。
彼は仕方なく、目の前の建物に入っていった。
入るとすぐに、大きな椅子に腰かけている大きな人物が目に入った。
彼は、その大男の前に跪いた。
その大男は、恐ろしい形相をしており、とても直視できないほどの姿だった。
彼は、その恐ろしさのあまり震えていると、横から、小僧のようなものが駆け寄り、彼が抱えていた袋をむしりとった。
突然のことに、彼は抵抗する間もなかった。
小僧のようなものは、彼からむしりとった袋を、目の前の大男に差し出した。
大男は、袋の中身を確かめると、うっすらと満足げな笑みを浮かべた。
次の瞬間、大男は、天地をも揺るがすような大声で何かを言った。
何と言ったかはわからない。
あまりの大声に、彼は気を失った。

どのくらいの時間が経ったのか。
彼は、相変わらずの床で目を覚ました。
病気は治ってきたような気がした。
彼がしっかりと抱えていた袋は、跡形もなく消え、部屋の中のどこにも、彼の大金は見当たらなかった。

8. 掃除の日

今日は、2か月ぶりの掃除の日だ。
掃除といっても、部屋の掃除とか、公園の掃除とかではない。
今日は、2か月ぶりの、脳の掃除の日だ。
脳の表面には、多くのしわがある。そのしわには、垢のようなものが蓄積する。
ひとの臓器は、内臓であれば、内側が消化液などで常に洗われており、垢などが蓄積しないし、外側は他の臓器や筋肉、骨などにくっついていて、垢などが蓄積するところはない。
一方で、脳は、頭蓋骨に収まっているだけなので、しわの部分には隙間があり、洗われることもないために、物質が蓄積するのだ。
不潔な話だが、体の表面に垢がたまってくると、かゆくなってくる。
それと同じように、脳の表面に垢が貯まってくると、脳がかゆくなってくる。
近年の医学の進歩と言えよう、脳の表面を掃除する技術が開発され、定期的に掃除をする人が増えた。
やり方は意外と単純で、頭皮をはがし、頭蓋骨を横に切って、パカッと蓋をあけるように開くと、脳が現れるので、その表面を特殊な洗浄液で洗い流すのだ。
掃除が終わると、頭蓋骨と頭皮を器具で貼り合わせる。
一度その器具をつけてしまえば、2回目からは、その器具を外すだけで、頭蓋骨を開けて、脳を洗浄することができるようになる。
もちろん、掃除中は、全身麻酔で眠った状態だ。脳そのものは、痛覚を持たないため、掃除中に痛みを感じることはないのであろうが、何せ、脳であるから、意識のない状態にしておく必要があるからだ。
脳の掃除の後は、何とも言えず、すっきりした気分になる。
今日も2時間の掃除が終わり、すっきりした気分で麻酔から醒めた。
帰りの足取りも軽い。
今や、2か月おきの脳の掃除は、自分に欠かせないものとなっている。

ある日、ニュースが流れた。
脳のしわに蓄積する物質が、垢やごみではなく、情報伝達機能を維持する成分を分泌して、脳を正常に保つために欠かせないものであることが分かったのだ。
かつて、虫垂が、なにも生理機能がなく、無用の器官と言われ、虫垂炎などの異常がなくても切除すべきとされていたのが、その後の研究により、善玉菌の備蓄機能を備えていたり、セルロース分解バクテリアの棲息場所となっていたり、免疫機能上、欠かせないことが判明したのと同じような話だ。
世の中は騒然となった。
命への影響はないのか、脳が異常をきたすことはないのか。
病院や保健機関には、質問が殺到した。
その後、その物質は、掃除などで取り除いても、2か月で新たに蓄積することがわかり、皆、ひとまずはほっとした。
それもそのはずで、だから2か月おきに掃除に行っていたのだ。

それ以来、脳の掃除の日はなくなった。

さて、今日は、半年ぶりの、心の掃除の日だ。














7. うどんげ

久しぶりに、うどんげを見つけた。
うどんげは、クサカゲロウの卵塊で、数ミリの細い糸の先に、白く透き通った楕円形の卵がぶら下がったのが2個、葉の裏に並んでいる。普通は1つしかつけないが、たまに複数の卵をつけることがある。
透き通った白さがきれいであり、可愛らしくもある。
うどんげという呼び名は、想像上の花「優曇華」からきている。

見ていると、卵のひとつがもぞもぞと動いている。
そのうちに、その卵に縦に裂け目が入り、中から、幼虫らしきものが覗いた。
よく見ると、小さな人のような形をしている。
そうこうしているうちに、その幼虫は、卵の裂け目から、ぽとりと地面へ落ちた。
それは、二本足で立ちあがると、さささっと走って、どこかへ行ってしまった。
気づくと、もう1つの卵にも裂け目ができ、人のような形の幼虫が動いている。
突然、強い風が吹いて、葉を揺らした。
その卵は、風にあおられ、葉からするっと抜けるように、宙を舞った。
その白い糸は、そのまま、2階の窓のあたりへ飛んでいった。

しばらく経ったある夜、2階の、娘の部屋から、笑い声が聞こえてきた。
歌う声も聞こえる。
誰かに話しかけているような声も聞こえる。
子供が、ぬいぐるみに話しかけることは、よくあることだ。

次の日、妻が、娘に聞いた。
「昨日の夜は、楽しそうだったね。」
「うん」
「誰とお話ししてたの?」
「あのね、こびとさんと遊んでたの。」
想像の生き物が、あたかも目の前にいるかのように話しかけることは、子供にはよくあることだ。

「見て。なんか、きれいな虫。」
妻が、娘の部屋を掃除していたら落ちていたと言って、わざわざ持ってきた。
うすみどり色の体に、薄く透き通った羽。
クサカゲロウの死骸だ。
クサカゲロウの成虫は、羽化してから1日しか生きられない。
その短命さにたとえて、「かげろうの命」と言う言葉がある。















6. 赤い車

その少年は、車が好きだ。
特に、イタリア製の、そのスポーツカーが好きだ。
その車は、とても庶民では手に入れることができないような高級車だが、その車に憧れる人は大勢いる。
少年もその熱心なファンの一人だ。
中でも、その車のシンボルカラーとされる、赤い車が大好きだ。
その赤い車には、他とは違う、特別な存在感がある。
少年の部屋は、壁という壁に、その車の写真やポスターが貼られ、模型やミニカーであふれ返っていた。
その車に関するコレクションは、少年の趣味であり、人生と言ってもいいほどであった。

その車を街中で見かけることは、なかなかない。
ごく偶に見かけたときは、絶好のシャッターチャンスだ。
すかさず、スマホで、その車を連写する。
うまく撮れたときの満足感には、この上ないものがあった。
少年はカメラマニアではないので、カメラを持ち歩いているわけではない。
だから、スマホのカメラで写真を撮る。
撮った写真は、パソコンの壁紙にしたり、印刷して部屋に貼ったりしている。

少年も成長する。
もう、少年と呼ぶにはふさわしくない年齢になったが、赤い車のコレクションは変わらない。
一方で、成長とともに、現実というものも認識するようになる。

彼は、消防士になった。
もちろん、消防車の運転をする。
その赤い車には、他とは違う、特別な存在感がある。

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5. チャンスと呼ばれた男2

ある会社に、チャンスと呼ばれた男がいた。
生まれつき、前髪しかないが、その前髪をつかんだ者は、みな、チャンスをものにすることができた。
彼は、社員から、陰で「チャンス」、「チャンス君」と呼ばれ、とても大事にされていた。
ある日、彼は会社を辞めた。
噂では、彼自身が大きなチャンスをものにしたということだった。
社員たちは、とても残念がった。
それ以来、心なしか、会社には活気がなくなり、業績もパッとしないものとなった。

そうした状況が続くうちに、誰からともなく、チャンス君を作ろうということになった。
会議室に数人が集まり、誰をチャンス君にするか、話し合った。
「女性社員は、さすがにその髪型は無理だろう。」
「自分は家族に驚かれる。」
などなど、なかなか、チャンス君が決まらない。
小一時間近く話し合っただろうか。
「それなら、自分が。」
と、一人の若手社員が名乗り出た。
彼は独身で一人暮らし。彼女もなく、休みの日はゲームに夢中で、外出することもないので、周りに驚かれるという心配もない。
彼としても、そのうちに、自分でもチャンスをものにしようという算段もあった。
早速、彼の頭は、少しの前髪を残して、他は丸坊主にされた。
翌日から、社内には活気が戻り、それに合わせて、業績もよくなっていった。

しばらくしたある休日、珍しく外出した彼は、宝くじ売り場の前を通りかかった。
「これだ。」
彼は、宝くじを数枚買った。
買うときに、自分の前髪をつかみながら、「当たりますように」と念じ、宝くじを受け取った。

彼の生活は変わらなかった。
いつも通りに出社し、いつもの仕事をこなし、時々、誰かに前髪をつかまれる。
宝くじは、末等が数枚当たっただけだった。
その後も宝くじを買っては見たものの、高額当選とはほど遠いものだった。
慣れない競馬やパチンコなどのギャンブルにも手を出してみたが、ただただ金をつぎ込むばかりで、チャンスも利益もほとんどなく、運には見放されたようだった。
一方で、仕事では、前髪をつかみながらチャンスを活かし、成績は順調だった。
また、前髪をつかみながら、意中の彼女と結婚した。

何年かが過ぎ、前髪をつかまれる人生が面倒くさくなってきた。
前髪以外を剃ることをやめた。
次第に髪は伸び、前髪は頭髪全体に埋もれ、チャンス君の頭ではなくなった。
もう、誰も彼の前髪をつかむこともなくなった。
その頃から、会社には活気がなくなり、業績もパッとしないものとなった。

そうした状況が続くうちに、誰からともなく、チャンス君を作ろうということになった。
話し合いの結果、一人の若手社員がチャンス君となった。
翌日から、社内には活気が戻り、それに合わせて、業績もよくなっていった。
何年かが過ぎ、彼も前髪をつかまれる人生が面倒くさくなり、前髪以外を剃ることをやめ、チャンス君の頭ではなくなった。
その頃から、会社には活気がなくなり、業績もパッとしないものとなった。

そうした状況が続くうちに、誰からともなく、チャンス君を作ろうということになった。
話し合いの結果、一人の若手社員がチャンス君となった。
翌日から、社内には活気が戻り、それに合わせて、業績もよくなっていった。
何年かが過ぎ、彼も前髪をつかまれる人生が面倒くさくなり、前髪以外を剃ることをやめ、チャンス君の頭ではなくなった。
その頃から、会社には活気がなくなり、業績もパッとしないものとなった。

以下、続く。