3. 二つの顔を持つ男

彼の顔の骨には、何か所かに関節があった。
通常、人の顔は、複雑に張り巡らされた表情筋をきめ細かく動かすことにより、様々な表情を見せる。
彼は、それに加えて、頬骨や眼窩等の箇所に関節があり、骨自体も動くようになっており、表情だけでなく、顔の構造や特徴そのものも変化するようになっていた。
そうは言っても、関節は、単純な動きしかすることができないため、その変化は2種類しかなかった。
だから、彼は、時によって、別々の二つの顔を見せることができた。
彼が出生してすぐは、赤ん坊の顔は泣くとき以外は変化がないため、彼の顔が変化することはなかった。というよりは、二つの顔がわかるほどの変化は見られなかった。
生まれて数週間が過ぎて、少しずつ表情を見せるようになると、時々、二つの顔に変化するようになった。
母親が少しよそ見をしている間に顔が変わり、別の子が寝ていると驚いた。
服はもともと着せているものだから、中身が入れ替わったのか、自分の頭がおかしくなったのか、と混乱しているうちに、ふと元の顔に戻ってしまう。
気のせいだったのかと、その時は平静に戻る。
そうしたことが繰り返されるうちに、家族は、彼の顔の変化を認識するようになっていった。
当然、両親は医者に相談し、彼の顔の不思議を理解することとなった。
医者は、学会で発表したいと言ったが、両親にとっては名誉なことではないため、これを断った。

彼自身はどうかと言うと、鏡に映る自分を認識できる年齢になった辺りから、自分が二つの顔を持つことを意識し始めた。
ただ、顔の関節を自分で意識して動かしたことはなく、いつも、顔は突然に変化した。
なぜ、顔が変わるのか、自分の顔を触っているうちに、関節の存在に気付いた。
自分で意識して顔を変えようと試みたが、うまくいかない。
なぜなら、顔の関節を動かすための筋肉がついていないからだった。
腕や脚の関節であれば、骨に筋肉がついていて、筋肉の収縮によって腕や脚を曲げることができるが、顔には表情筋はあっても、骨を動かす筋肉はついていない。その点は、彼も同じだった。
しかし、関節の動きによって、顔が変わるのであるから、関節を動かすことができるはずである。
彼は、表情筋をいろいろと動かして、顔の関節を動かす練習を始めた。
もともと、表情筋は、顔の骨についているわけではなく、関節を動かすものでもないため、なかなか思うように顔の関節を動かすことはできなかったが、彼は諦めずに練習を続けた。

人は、努力すれば報われるものだ。
ついに、彼は、顔の関節を動かして、自在に顔を変えることができるようになった。
小学校に入る前に、それをできるようになった。
もし、その前に小学校に行っていたら、おそらく、彼は周りから気味悪がられ、イジメにあうことは目に見えていた。
幸いにも、彼自身の意識と努力で、小学校入学前に、自分で顔をコントロールできるようになり、学校では、イジメにあうこともなかった。

顔を変えることができる。
これは、なんと便利なことか。
彼は、普段の顔と、悪いことをするときの顔と、二つを使い分けた。
人間は、悪いことをするときは、心も悪い心になる。
彼も、悪いことをするときは、悪いこと用の顔になり、悪い心になる。
顔と心は同期するようになり、悪いことをするときは、意識しなくても、悪いこと用の顔になるようになっていった。

心は顔に表れる。
彼は、普段でも、ふと悪いことを思うと、ひとりでに、悪いこと用の顔になってしまうことも度々起こるようになった。

顔は心を映す。
例えば、鏡をみながら、気まぐれに、普段用の顔を悪いこと用の顔に変えてみる。すると、そのときに、心は悪い心になる。
普段用の顔に戻ると、普段の心に戻る。
鏡を見てなくても、悪いこと用の顔にすると、悪い心になる。

心と性格はつながっている。
性格は人格につながっている。
悪い顔と悪い心。
普段の顔と普段の心。
悪い顔と悪い人格。
普段の顔と普段の人格。
彼には、二つの人格が存在するようになった。
それぞれの人格は、顔の変化で現れる。
無意識に顔が変化するときは、それに応じた人格が現れる。
普段用の顔のときに、なにかの弾みで、悪いとき用の顔に変化すると、突然に、無意識のうちに、悪い人格が現れる。
その逆の場合もある。
変化の間隔が短いとき、人格の切り替えが追いつかず、二つの人格が共存することがある。
そのときには、人格の衝突が起こり、心の衝突が起こる。

次第に人格が衝突することが増えてきた。
それぞれの人格が自我を持ち、常に表に現れようとするようになった。
彼は自分で人格をコントロールできなくなってきた。

ついに、彼の人格は破綻した。
二つの人格が衝突し、決裂した末に、人格の破壊に至った。

とある精神病院の一室に、二つの顔のいずれでもない別の顔をした、全くの無表情の彼がいる。













投稿者: ひとき

ひときの短編集作者