4. 蜘蛛の糸

彼は、長い間、闘病生活を続けていた。
そんなある日、相変わらず、病院のベッドに寝ている彼の目の前に、キラキラと銀色に光る細い糸が垂れてきた。
見ると、蜘蛛の糸だった。
彼の目の上、数センチのところで、糸は止まった。
彼は、昔読んだ小説「蜘蛛の糸」を思い出した。
しかし、彼は、その小説の主人公のように、地獄にいるわけでもなく、病院で病の床に伏せっている。
「違うな」と思ったが、試しに、その糸を片手でつかんでみた。
手には糸の感触があった。
思ったよりも丈夫そうだ。
もう片方の手で、糸をたぐりよせるように引いてみると、そのまま、上体がベッドから起き上がる形勢になった。
そのまま、両方の手で、糸をたぐりながら、彼の体はベッドから離れ、蜘蛛の糸を、上へ上へと上っていった。
何も意識せずに、しばらく上っていったが、あるところで、ふと我に帰った。
小説では、下から地獄の亡者たちが自分の後を上ってくることになっていた。
彼は下を見た。
はるか下の方に、さっきまで自分が寝ていたベッドが見えた。
地獄の亡者たちは上ってこない。
蜘蛛の糸につかまっているのは、自分ひとりだった。
安心した彼は、その後も、どんどん、糸につかまって、上へ上へと上っていった。
どのくらいの時間、上ってきただろう。
上の方に、雲のような、靄がかったものが見えた。
あそこまで行ってみようと、彼は思った。
上り続けていくと、雲の縁から、誰かの姿が見えた。
もっと上ると、それが、お釈迦さまの姿だとわかった。
金色に輝き、荘厳な姿だった。
彼が、雲の縁までたどり着いたとき、お釈迦さまが、彼に片手を差し伸べた。
彼はその手を握った。
その手は冷たく、気味の悪い感触だった。
思わず、彼は、握った手をふりほどいた。
次の瞬間、彼は、真っ逆さまに落ちていった。

「脈が戻った。」
「峠は越えましたね。ご安心下さい。」
「先生、ありがとうございます。」
そして、彼を呼ぶ家族の声。
ぼんやりと、彼は目を開けた。
そこには、彼をのぞきこむ家族と、医者、看護師がいた。














投稿者: ひとき

ひときの短編集作者